札幌地方裁判所 昭和41年(ワ)352号 判決 1969年12月10日
原告 上山孝治
<ほか一名>
右両名訴訟代理人弁護士 入江五郎
被告 中橋次作
右訴訟代理人弁護士 臼井直道
主文
1 被告より原告上山孝治に対する札幌法務局所属公証人西田賢治郎作成第四四三八二号債務承認支払契約公正証書に基づく強制執行は、これを許さない。
2 被告と原告上山孝治との間において、貸主を被告、借主を同原告とする昭和四〇年五月一八日付金銭消費貸借契約に基づく金六〇〇万円の債権が存在しないことを確認する。
3 被告と原告両名との間において、別紙物件目録記載の不動産につき、抵当権者を被告、債務者を原告上山孝治とし、昭和四〇年五月一八日付金銭消費貸借契約に基づく被告・同原告間の金六〇〇万円の債権を被担保債権とする抵当権が、存在しないことを確認する。
4 被告は原告東栄商事株式会社に対し、別紙物件目録記載の不動産につき札幌法務局昭和四〇年六月二四日受付第六九三九一号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。
5 訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
事実
≪省略≫
理由
第一、被告より原告上山に対する債務名義として請求原因第一項記載のとおりの公正証書が存在することおよび本件不動産に請求原因第三項記載のとおりの抵当権設定登記が存在することはいずれも当事者間に争いがない。
本件不動産がもと原告上山孝治の所有であったことは当事者間に争いがなく、これを昭和四〇年九月二四日訴外大内が買い受けて所有権を取得し、更に昭和四一年三月一〇日原告会社が右大内から買い受けて所有権を取得したことは、≪証拠省略≫により認めることができ、この認定を左右すべき証拠はない。
第二、そこで次に、被告が抗弁第一項で主張する原告上山に対する貸金債権の存否につき判断する。
一、被告の訴外会社に対する貸金債権
≪証拠省略≫によると、次の事実が認められる。即ち被告は金融を業とし、訴外会社は石炭販売を業とするものであるところ、訴外会社はその営業資金として昭和三一年頃から被告より継続的に金員を借入れてきたが、昭和三八年以降昭和四〇年六月までの間の借入れは左のとおりである。
(1) 昭和三八年 二月一五日 金 七〇万円
(2) 同 年 三月二八日 金 六〇万円
(3) 同 年 九月三〇日 金 五〇万円
(4) 同 年一二月一〇日 金 三〇万円
(5) 昭和三九年 四月二八日 金一〇〇万円
(6) 同 年 五月 二日 金一〇〇万円
(7) 同 年 五月一六日 金一〇〇万円
(8) 同 年 六月一七日 金一〇〇万円
(9) 同 年 八月三〇日 金二〇〇万円
(10) 昭和四〇年 五月一五日 金一〇〇万円
(11) 同 年 六月 七日 金一〇〇万円
そして訴外会社は右貸金債務のうち(2)および(3)につき昭和三八年一二月四日、(5)(6)につき昭和三九年一二月二七日それぞれその元本全額を被告に弁済した。
右のとおり認められる。≪証拠判断省略≫
二、原告上山の被告に対する債務
(一) まず乙第二ないし第六号証の各手形の成立につき判断するのに、乙第二号証の原告上山の記名押印部分は、鑑定人市川和義の鑑定の結果および証人金丸吉雄の証言にその名下の印影が同原告の印顆によって顕出されたものであるとの当事者間に争いない事実を併せ考えると、同原告の自署捺印によるものであると認められるから同号証は全部真正に成立したものと推認すべく、乙第五号証の同原告の記名部分は、右鑑定の結果によっても、証人金丸吉雄の証言とこれにより真正に作成されたと認められる甲第三三号証に照らし、更に乙第一ないし第四号証の同原告名の筆跡と対比すると、これが同原告の自署によるものかどうかについてはなお一抹の疑問は残るけれども、同号証の宛名欄の「中橋次作」なる文字を同原告が記入したものであることは同原告が第一回供述において自認していること、同号証の振出日欄の数字の筆跡は、同原告の自筆であることを同原告がその第一回供述において自認する甲第一〇、第一六号証の各一の数字の筆跡と極めて酷似することおよび同号証の同原告の名下の印影が同原告の印顆により顕出されたものであることは当事者間に争いがないことを綜合して判断すると(自署によるかどうかは別として)、乙第五号証の同原告作成部分は同原告の意思に基づき真正に作成されたものと推認すべく、また乙第六号証の振出日欄の記載については、その筆跡と前示甲第一〇、第一六号証の各一、乙第二号証の各数字部分の筆跡とを対照し、同号証の振出日欄を除く部分の成立に争いがないことと前認定のとおり昭和三九年六月一七日には訴外会社において被告から金一〇〇万円を借入れていることを綜合して判断すると、この部分についても原告上山の意思に基づいて作成されたものと認めるのが相当であり、結局、乙第二ないし第六号証は、乙第三、第四号証の振出日の記載を除き全て原告上山作成の書面として真正に成立したものと認められ、原告上山本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しないし、証人古田豊喜の証言とこれにより真正に作成されたと認められる甲第八号証によっても右認定を左右するに足りず、また証人上山安規子の証言中には、「訴外会社の振り出した約束手形は昭和三九年からは全部横書きのものであった」旨の部分があるが、また同時に「昭和三九年の途中から横書きになり、たて書きのものもあった」との部分もあるので、右認定を左右しない。
そして乙第三、第四号証の各振出日の記載は、被告本人尋問の結果により、被告がこれらを原告上山から受取った後被告において記入したものであることが認められる。
(二) ≪証拠省略≫を綜合すると、次のとおり認められる。
原告上山は昭和三八年初め頃からその父上山泰太郎が代表取締役をつとめる訴外会社に取締役として就任し、以来その仕事に従事するようになった。訴外会社は前認定のとおり従前から被告より営業資金を借入れてきたが、その都度借用証などは作成せず代りに貸借を証するためとその支払いを担保するために訴外会社振出しの約束手形を差し入れており、その手形を持参して被告から借入金を受領する事務は訴外会社の従業員古田豊喜が担当していたところ、原告上山が訴外会社に加入してからは主として同原告がその事務を担当するようになった。そしてこのような際に訴外会社が借入れる消費貸借上の債務につき、被告の求めによりこれを保証する趣旨で同原告個人も訴外会社と共に連帯債務者となることを承諾し、その際差し入れる訴外会社が既に振出署名した約束手形に同原告も共同振出人として署名したうえ被告に交付することがあった。乙第一ないし第六号証の約束手形はいずれもこのようにして同原告が連帯債務者となって被告から借入れた際差し入れたものであり、乙第一号証は前一項認定の(4)の、乙第二号証は同じく(1)の、乙第五号証は同じく(7)の、乙第六号証は同じく(8)の、各訴外会社の借入れに対応するもので、従ってこれらにつき訴外会社の被告に対する右各貸金債務につき同原告は連帯債務者となった。
右のとおり認められ(る。)≪証拠判断省略≫
(三) 被告は右のほか更に昭和三九年八月三〇日金二〇〇万円(前記一項認定の(9)に当る。)および昭和四〇年五月一五日金一〇〇万円(同じく(10)に当る。)の貸金についても同原告が借主であると主張するので判断する。
被告はその供述において一貫して、右のような貸付けは手形の振出人欄に原告上山の署名が存すると否とにかかわりなく全て同原告を借主としたものであり、その振出署名が訴外会社のみである分については被告において原告上山にその署名を求めるのを失念していたものにすぎない旨供述するのであるが、原告上山本人尋問の結果(第一、二回)と前出乙第一ないし第六号証に照らし、特に前認定のとおり被告の訴外会社に対する貸付けは昭和三一年以来継続してなされてきたのに原告上山がこの貸付けに関与するようになったのは昭和三八年からにすぎないのであるから、貸付けに当り必ず同原告をも借主としたとの供述は合理性に乏しいし、同原告が共同借主になった分につき乙第一ないし第六号証のとおり明確に共同振出しの署名がなされている一方、その頃訴外会社が被告に差し入れた約束手形で原告上山の共同署名のないものとして乙第一一号証の他に乙第七号証の手形も存するところ、前認定のように金融業者である被告が、貸付けに当りその借主が何人であるか、その唯一の有形の証拠となるべき手形上に借主たるべき者の署名が存するかどうかなどにつき注意を払わないというのは不自然であるし、仮に被告においてそのように考えていたとしてもだからといって原告上山もそのように考えていたことにはならないことなどを併せ考えると、何ら的確な説明もないまま直ちに右供述部分を採用するわけにはいかない。また証人橋口春男の証言中に、原告上山が被告から金融を受ける事務を担当するようになってからは、訴外会社と同原告の連帯で貸していた旨の部分があるけれども、同証言はその趣旨からして被告と訴外会社または同原告との貸借の全てを認識したうえでのものとは解されないから、右のように手形上に同原告の署名がなされなかった場合にまで同原告が借主となったということの証拠にはならない。被告は第三回の供述において、昭和四〇年五月一五日金一〇〇万円の貸付けに対応する手形は乙第一一号証で、その振出日欄は当時白地であったというのであるが、同号証の手形の振出日欄には昭和四〇年一〇月一一日との記載があり、それについての合理的説明もない。
次に右(9)の貸金につき、被告本人は第三回供述において、右貸付けに対応する手形は乙第三、第四号証であり、従って原告上山が借主になったものである旨その主張に沿う供述をするが、乙第三、第四号証の手形の振出日欄にはそれぞれ昭和三九年四月三〇日、昭和三九年五月二日との記載があり、これらはいずれも手形受領後被告が記入したものであること前認定のとおりであるところ、同年八月三〇日になされた貸付けに際し差し入れられた手形に何故これより早い振出日付を記入したのか何ら合理的説明がなされていない以上、右供述部分は到底採用し難いばかりでなく、かえって、前記一項認定のとおり訴外会社は被告から昭和三九年四月二八日と同年五月二日に各金一〇〇万円を借り入れていることに証人上山安規子の証言および原告上山本人尋問の結果(第一回)を併せ考えると、右各手形はむしろ右の各金一〇〇万円の二回の貸付けに際し差し入れられたものと認めるのが相当であり、右各貸金につき同年一二月二八日訴外会社から被告に対しその元本全額が弁済されていることは前一項認定のとおりである。被告は第一回供述において、貸付元本全額の弁済がなされたときは必ずこれに対応する手形を返還していると述べているが、この点は概ねそのように取り扱われているとの趣旨においては首肯しうるけれども、これに全く例外がなく右の弁済に当ってもそうであったとの趣旨においては、右掲各証拠や事実に対比し採用できない。(あるいは右弁済に当り返還すべき手形を取り違えたということも考えられ、そうとすれば取り違えられた他方の手形に原告上山の署名があったかどうかは不明である。)
以上の次第で、右掲の証拠から原告上山が被告から昭和三九年八月三〇日金二〇〇万円、昭和四〇年五月一五日金一〇〇万円を借受けたと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(四) 右(二)のとおり原告上山は前記一項認定の(1)(4)(7)(8)の各貸付けにつき被告に対し訴外会社と連帯して貸金債務を負担することとなったのであるが、被告は右貸金の返済期日はいずれも貸付より一ヶ月後とし、遅延損害金を月二分の割合による旨定めたと主張するので考えるのに、証人橋口春男の証言によるも未だこれを認めるに足りず、他にこれを認めるに足る的確な証拠はない。かえって≪証拠省略≫に当事者間に争いのない後記別表記載の金員の支払いの経緯を併せ考えると、右各貸金については弁済期につき特段の定めはなく(仮にその定めがあったとしても訴外会社ないし原告上山からの申し入れによりその都度弁済期を延期して)、その利息を、右(1)の貸金については当初月三分と定め、昭和三八年一一月からは月二分五厘、昭和三九年七月からは月二分と各変更し、(4)の貸金については当初月三分と定め、昭和三九年四月から月二分五厘と変更し、(7)(8)の各貸金については月二分と定めたものと認められる。
右各利息の約定はいずれも利息制限法に違反することが明らかであり、(1)(4)の各貸金につき各年一割八分(月一分五厘)、(7)(8)の貸金につき各年一割五分(月一分二厘五毛)の限度で有効というべきところ、右各貸金につき訴外会社より被告に対し別表(一)ないし(四)の各支払額欄記載のとおり利息の支払いがなされたことは当事者間に争いがない(その支払いの経過と弁論の全趣旨によればその各支払いは概ね一月毎に一月分の利息としてなされたものと認められる。)から、右制限利息を超えて支払った部分を元本に充当し(なお貸付日当日に弁済された利息は、利息の天引きと解すべきであるから、天引利息が受領額を元本として制限利率により計算した金額を超える部分につき元本に充当する―別表但書参照。)て、その都度の元本残額を計算し、本件公正証書作成(昭和四〇年六月一九日)および本件抵当権設定登記受付(同月二四日)当時の原告上山の残存債務を計算すると、計数上別表(一)ないし(四)記載のとおり、(1)の貸金につき残元本金四八万五、一三七円とこれに対する昭和四〇年六月一五日以降年一割八分の割合による利息債権、(4)の貸金につき残元本金二三万三、二三三円とこれに対する同月一日以降年一割八分の割合による利息債権、(7)の貸金につき残元本金八八万八、六一二円とこれに対する同年七月一六日以降年一割五分の割合による利息債権、(8)の貸金につき残元本金八九万七、三九五円とこれに対する同月一七日以降年一割五分の割合による利息債権となる。
第三、次に被告が抗弁二項で主張する準消費貸借契約および抵当権設定契約の成否と本件公正証書作成および抵当権設定登記に至る経緯につき判断する。
被告は、本件公正証書の作成嘱託および抵当権設定登記手続をするに先立ち昭和四〇年六月一八日頃、原告上山との間で、同原告が金六〇〇万円の貸金債務の存在を承認して、これを消費貸借の目的とするべく準消費貸借契約を締結し併せて右債権の担保のために本件不動産に抵当権を設定することを約した旨主張するのであるが、前項に判断したとおりその前提となるべき同原告の被告に対する右同額の貸金債権の存在が証明されないのであるから、この点からだけでも右主張は採れないこととなるのであるが、なお、被告本人尋問の結果中、原告上山が被告に対し後に認定する各委任状を交付するに当り同原告において各委任状に記載されたとおりの金六〇〇万円の債務の存在を承認していたとの部分は以下に説示するところに照らし措信できないし、証人橋口春男の証言中同原告が訴外会社の債務を保証する趣旨でその申し出により本件不動産を担保に差し入れた旨の部分も、前項に認定したところと以下説示するところに照らしてみると、これを訴外会社の右債務全部につき同原告があらためて承認ないし引受けまたは保証をしたとの趣旨に解することはできないものというべきであり、また甲第九号証(乙第八号証)、甲第一二号証(乙第九号証)、甲第一五号証(乙第一〇号証)の各記載内容も以下説示のとおり右事実を認めるべき証拠とはならず、他に右事実を肯認すべき証拠はない。
≪中略≫に前第二項に認定した事実および当事者間に争いない本件抵当権設定登記の存在および弁論の全趣旨を綜合して判断すると、本件公正証書作成および抵当権設定登記に至る経緯は、次のとおり認定ないし推認するのが相当である。
被告は訴外会社に対し前第二の一項認定のとおり資金を貸付けてきたが、昭和三九年になって貸付の金額と回数が嵩み債権額が多額となるに伴ってその返済を確保する必要を感じ、債務者たる訴外会社および原告上山との交渉の結果、同原告は被告に対し、同原告の負担する貸金債務につき執行認諾条項を含む公正証書の作成嘱託をすることおよびこの債権の担保のために当時同原告の所有であった本件不動産に抵当権を設定することを予め承諾(その合意の内容の詳細については後述)し、同時に公正証書作成嘱託用の代理人委任のための委任状(甲第一二号証、乙第九号証、ただし内容は、執行認諾条項を含む公正証書作成嘱託用であることは不動文字で記載されているが、その債権の内容については未記載の白紙委任状)、抵当権設定登記手続用の代理人委任のための委任状(甲第一五号証、乙第一〇号証、ただし内容は全く未記載の白紙委任状)とそれぞれに要する印鑑証明書を交付し(この合意および右各書類の交付がなされた時期は必ずしも明らかでないが、概ね昭和三九年夏頃から昭和四〇年初め頃の間と認められる。)、その後必要の都度(概ね公正証書用には六ヶ月毎に、抵当権設定登記用には三ヶ月毎に)新たな印鑑証明書を差し入れていた。やがて昭和四〇年六月になって被告は右合意に基づき公正証書の作成と抵当権の設定登記をしようと考えたのであるが、その当時被告の原告上山に対する債権額は前第二の二の(四)項認定のとおりであるにすぎなかったのに、被告は、前第二の一項に認定した被告の訴外会社に対する同項(1)(4)(7)(8)(9)(10)の各未弁済の貸金債権全てについて原告上山も連帯債務者であり、従って同原告に対し合計金六〇〇万円の貸金債権を有するものと誤解し、もしくは右の実体を知りながらあえて恣意に右金六〇〇万円全額につき同原告を債務者とする公正証書および抵当権設定登記を作出しようと考えて、その際あらためて同原告に債権の額および内容を確認するなど特段の連絡をすることなく、昭和四〇年六月一九日頃、公正証書作成嘱託につき同原告の代理人を訴外渋谷幹男と定め、同人をして前記公正証書作成嘱託用白紙委任状に債権の額・内容・支払期日・期日後の損害金の割合等として前示公正証書に表示されたと同一の内容を記入させて同原告名義の委任状を完成し、これと同原告が昭和三九年一二月二八日頃差し入れた印鑑証明書(甲第一〇号証の一、二)を利用して、右訴外人をして公証人西田賢治郎に公正証書の作成を嘱託せしめ、本件公正証書が作成されるに至り、また昭和四〇年六月二四日頃抵当権設定登記手続の被告・原告上山双方の代理人を司法書士訴外半田嵐と定め、同人をして前記抵当権設定登記手続用白紙委任状に、昭和四〇年五月一八日金銭消費貸借に基づく金六〇〇万円の債権を被担保債権とし同年六月一九日抵当権設定契約をなしこの登記申請手続を委任する旨を記入させて同原告名義の委任状を完成し、これと原告上山が昭和四〇年五月四日頃差し入れた印鑑証明書(甲第一六号証の一、二)ならびに本件公正証書を利用して同司法書士をしてその登記手続をなさしめ、よって右のとおりの被担保債権、抵当権設定契約および損害金年三割の表示ある本件抵当権設定登記がなされるに至った。
以上のとおり認められ、以上の事実に基づいて考察すると、被告と原告上山との右公正証書作成および抵当権設定に関する合意の内容は、将来新たな貸付や弁済等により刻々変動すべき両者間の貸金債権につき本件不動産に抵当権を設定することを約し(明示はないが黙示の極度額が予定されているものと解される。)、被告がその登記および右債権に関する公正証書作成を必要とする任意の時点において、右予定極度額内におけるその時点での債権額と債権内容に従い、執行認諾条項を含む公正証書の作成嘱託をなすことを承認しかつ執行認諾の意思表示を含む作成嘱託に関する原告上山の代理人の選任を被告に委ね、また右同様の債権を被担保債権とする抵当権設定登記手続をなすことを承諾してその登記手続に関する原告上山の代理人の選任を被告に委ね、そして印鑑証明書を更新して被告に差し入れる毎に右の合意が確認されてきたものと推認するのが相当である。
≪証拠判断省略≫
第四 以上の認定に基づき本訴請求の当否を判断する。
以上のとおり、被告の原告上山に対する昭和四〇年五月一八日付金銭消費貸借に基づく金六〇〇万円の債権が存在することの直接の主張立証はないしまた昭和四〇年六月一八日頃は準消費貸借に基づく右同額の債権の存することも認められない。ただ、前記認定のような経緯によって公正証書が作成されまた抵当権設定登記がなされたのであっても、債権者(被告)において、その各手続当時の債務者(原告上山)に対する債権の額や内容を、当事者間で予定された極度額内においてしかも実体に合致するよう各白紙委任状に記載せしめ、もってその実体に合致した公正証書および抵当権設定登記が作出される場合にはこれをもってあながち無効の公正証書および登記ということはできないと解する余地はあるし、また公正証書表示の請求権や抵当権設定登記上の被担保債権が、実体上の請求権とその発生原因・額・内容等において相違していても、その相違が些少であってその間に同一性が肯認できるような場合には、その合致する限度においてこれらを有効視する余地もある。
しかしながら本件においては、被告と原告上山との間には当時、昭和三八年二月一五日貸付金七〇万円の残元本金四八万五、一三七円とこれに対する昭和四〇年六月一五日以降年一割八分の、昭和三八年一二月一〇日貸付金三〇万円の残元本金二三万三、二三三円とこれに対する昭和四〇年六月一日以降年一割八分の、昭和三九年五月一六日貸付金一〇〇万円の残元本金八八万八、六一二円とこれに対する昭和四〇年七月一六日以降年一割五分の、昭和三九年六月一七日貸付金一〇〇万円の残元本金八九万七、三九五円とこれに対する昭和四〇年七月一七日以降年一割五分の、各弁済期の定めのない貸金元本債権(元本残額合計金二五〇万四、三七七円)と利息債権が存在するにすぎなかった(制限利息超過の点を度外視してもその元本合計額は金三〇〇万円にすぎない。)のにかかわらず、本件公正証書には、昭和四〇年五月一八日原告上山が被告から借り受けた金六〇〇万円の貸金債務を同年六月一八日同原告が承認し、これを昭和四〇年七月一九日限り支払うべく、期限後の損害金を年三割の割合とする旨表示されているのであり、このように債権の発生原因と債権額において著しく実体と相違し、弁済期や期限後の損害金について実体上存在しない約定が表示されているにおいては、到底右両債権の間に同一性を肯認しえず、公正証書に表示された請求権が実体上(一部としても)存在するものとみることはできないから、本件公正証書は全部につき債務名義としての執行力を有しないものと解するほかはない。また右両債権間に同一性が肯認しえない以上、原告上山が不存在確認を求める被告の同原告に対する昭和四〇年五月一八日付金銭消費貸借に基づく金六〇〇万円の債権も、その全部につき存在しないものといわなければならない。
次に本件抵当権設定登記についても、本件不動産に対する抵当権が、実体上存在する右貸金残債権を被担保債権として実体上有効に設定されたと解しうるとしても、本件の登記は、前示のとおり昭和四〇年五月一八日付金銭消費貸借に基づく金六〇〇万円の債権を担保するため同年六月一九日に設定され、損害金を年三割とする旨表示されているのであり、このように被担保債権の発生原因と額において著しく実体上の権利と相違しかつ遅延損害金の約定と抵当権設定の日付においても実体と合致しないときは、実体上の権利関係の公示を目的とする登記制度の趣意に鑑み、本件抵当権設定登記は実体に符合しないものとしてその効力を否定せざるをえない。(登記における実体と表示の不一致はいったん登記を有効と認めたうえで更正登記により是正するという方途も考えられないではないが、本件における右不一致は、この更正を許すときは前後の登記の間の同一性が害されるに至るほどに著しいというべきである。)
また原告両名が求める抵当権不存在確認請求は、本件抵当権設定登記上に表示された昭和四〇年五月一八日付金銭消費貸借に基づく金六〇〇万円の債権を被担保債権とし損害金年三割とする抵当権の不存在の確認を求める趣旨に解すべきところ、抵当権は目的不動産と被担保債権とにより特定されるものというべきであるから、その被担保債権につき以上判断したとおり登記上のそれと実体上のそれとの間に同一性が否定される以上、原告両名が不存在確認を求める右抵当権と被告・原告上山間に有効に設定されたと解する余地のある前記抵当権との間にもまた同一性を肯認しえないものというべきであるから、右抵当権も全部につき存在しないことに帰する。
第五、そうすると、原告上山が被告に対して本件公正証書の執行力の排除とその債権の不存在確認を求める各請求、現に本件不動産の所有者である原告会社が被告に対して本件抵当権設定登記の抹消登記手続を求める請求ならびに右登記上その抵当権設定者とされている原告上山と本件不動産の現在の所有者である原告会社とが求める本件抵当権不存在確認の請求はいずれも理由があることとなるから、原告らの本訴請求は結局全部につき正当としてこれらを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九〇条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 浜崎恭生)
<以下省略>